皇室の歴史で見る皇統の正当性

神武天皇から徳仁天皇へ 126代

父方の血脈で受け継がれてきた皇位は、いま、その継ぎ方そのものを問われている。2600年の系譜と、これからの論点を、一枚にたどる。

126神武から今上まで
3傍系から迎えた継承
0女系天皇の前例
〇一継承を定める法

現行の皇室典範

誰が、どの順で皇位を継ぐのか。明治に整えられ、戦後に改められた皇室典範が、その骨格を定めている。皇位を継ぐのは「皇統に属する男系の男子」——この第一条が、すべての出発点である。

第一条皇位継承の資格皇位を継ぐのは、皇統に属する男系の男子に限られる。
第二条継承の順序直系を先とし、同じ系統では長系を、さらに近い血筋の者を先とする。
第四条継承の時皇位の継承は、天皇が崩じたときに行われる。
第九条養子の禁止天皇および皇族は、養子を迎えることができない。
第十一・十五条皇籍の離脱と不復帰皇太子・皇太孫を除き、皇室会議の議により皇族の身分を離れることがある。一度離れた者が、皇族に復することはない。
第十二条女子の婚姻皇族の女子は、天皇・皇族以外の者と婚姻したとき、皇族の身分を離れる。
第十六・二十二条摂政天皇が十八歳に満たないとき、または国事行為を行えないときは、摂政を置く。
〇二神武天皇から今上まで

皇統の流れ

皇統概要図を見る

皇位は、つねに父方をたどる男系で継がれてきた。直系が絶えれば血筋を遡って傍系から迎え、女性が中継ぎとなることもあったが、いずれも男系を保ってきた。神武天皇から今上・徳仁天皇まで、その2600年の節目をたどる。

皇統の始まり
紀元前660年(伝承)
神武天皇第1代
日向から大和へ。以後、父系の血筋が一筋に受け継がれていく。
傍系から
507年
継体天皇第26代
武烈天皇に世継ぎがなく、応神天皇の五世孫を越前から迎えた。最初の傍系継承。
女性天皇
593年
推古天皇第33代
最初の女性天皇。甥の聖徳太子とともに政治を担った。
673年
天武天皇第40代
壬申の乱(672年)を経て即位。律令による国家の整備が進む。
781年
桓武天皇第50代
のちに平安京へ遷都(794年)。天智天皇の系統へと皇統が移る。
1086年
院政の始まり白河上皇
譲位した上皇が「治天の君」として実権を握る政治が始まる。
1221年
承久の乱後鳥羽上皇
朝廷が鎌倉幕府に敗れ、皇位の行方にも武家が関わるようになる。
1272年〜
両統迭立後嵯峨天皇の没後
持明院統と大覚寺統に分かれ、両統が交互に皇位に就く時代へ。
1333年
建武の新政後醍醐天皇 第96代
天皇親政を復活させるが、まもなく南北朝の分裂を招く。
1336〜1392年
南北朝の分裂
吉野の南朝と京都の北朝、二つの朝廷が並び立った。
1392年
南北朝の合一後小松天皇 第100代
二つに分かれていた朝廷が、後小松天皇のもとで一つに戻る。
宮家から
1428年
後花園天皇第102代
称光天皇に世継ぎがなく、伏見宮家から迎えた。世襲親王家が皇位をつないだ最初の例。
女性天皇
1629年
明正天皇第109代
称徳天皇以来、859年ぶりの女帝。江戸時代の女性天皇である。
女性天皇
1762年
後桜町天皇第117代
いまのところ、歴史上最後の女性天皇。
宮家から
1779年
光格天皇第119代
後桃園天皇に世継ぎがなく、閑院宮家から迎えた。現在の皇室は、この光格天皇の直系にあたる。
1868年
王政復古明治天皇 第122代
天皇を中心とする近代国家へ。皇統の備えとして宮家が多数創設される。
1889年
旧皇室典範
「男系の男子」による継承を、初めて法として明文化した。
1912・1926年
大正・昭和第123・124代
近代の皇位継承が、父子へと受け継がれていく。
1947年
現行皇室典範の制定
戦後、現在の典範が定まる。同年、伏見宮系の十一宮家が皇籍を離脱した。
2019年
上皇の譲位
譲位特例法(2017年)にもとづき、約200年ぶりに譲位が行われた。
2019年 〜
徳仁天皇第126代・今上
光格天皇から続く直系の天皇。
次世代
継承順位 第2位
悠仁親王
2006年生まれ。次の世代で皇位継承資格を持つ、ただ一人の男系男子である。
〇三本流と宮家、宮家から出た天皇

皇統図【詳細】

皇位の本流から枝分かれした世襲親王家(宮家)は、直系が絶えたときの「控え」となり、歴史上、二度にわたって天皇を本流へ送り返した。後花園天皇は伏見宮から、光格天皇は閑院宮から。さらに伏見宮からは邦家親王を経て旧十一宮家が派生し、近現代には天皇の近親から直宮家が興った。本流(縦の幹)と宮家(右の枝)の系統を、図にたどる。

崇光天皇北朝 第3代南北朝期、北朝の天皇。その皇子から伏見宮家が分かれる。
世襲親王家・宮家 ①
伏見宮家
崇光天皇の第一皇子・栄仁親王(初代)に始まる。第3代・貞成親王が、現皇室と旧十一宮家の男系共通祖先にあたる。
貞成親王の子・彦仁王 → 後花園天皇(本流へ・1428)
弟・貞常親王(4代)→ … → 邦家親王(20代・1802〜1872)へ
邦家親王からの派生 ― 旧十一宮家の系統
邦家親王の皇子たち 伏見宮(継承)山階宮久邇宮3名梨本宮北白川宮閑院宮(再興)東伏見宮
さらに久邇宮から 賀陽宮2名朝香宮1名東久邇宮5名
北白川宮から 竹田宮5名
1947年 十一宮家がそろって皇籍離脱
色付きは、いま男系男子がいるとされる五家(久邇・賀陽・朝香・東久邇・竹田)。若い世代だけで計16名を数えるが、系統としては本家からやや離れている。
後小松天皇第100代1392年、南北朝の合一。皇統が一つに戻る。
伏見宮から迎えた天皇後花園天皇第102代称光天皇に世継ぎがなく、伏見宮家から本流へ。世襲親王家が皇位をつないだ最初の例(1428年)。
… 後土御門・後柏原・後奈良 … 江戸期へ …
東山天皇第113代江戸中期の天皇。その皇子から閑院宮家が分かれる。
世襲親王家・宮家 ②
閑院宮家
東山天皇の皇子・直仁親王が1710年に創設。新井白石の建議により、皇統の備えとして置かれた。
直仁親王 → 典仁親王の子 → 光格天皇(本流へ・1779)
伏見宮・桂宮・有栖川宮・閑院宮をあわせて「四世襲親王家」と呼び、皇統の備えとして代々「親王」の身分を世襲した。うち桂宮・有栖川宮はのちに絶え、実際に天皇を出したのは伏見宮と閑院宮の二家である。原初の閑院宮も絶えたのち、明治に伏見宮系の載仁親王が再興した(旧十一宮家の「閑院宮」はこの再興後のもの)。
後桃園天皇第118代世継ぎがないまま崩御する。
閑院宮から迎えた天皇光格天皇第119代閑院宮家から本流へ(1779年)。現在の皇室は、この光格天皇の直系にあたる。
… 仁孝・孝明 … 近代へ …
明治天皇第122代王政復古(1868年)。以後、皇統の備えとして宮家が多数創設される。
大正天皇第123代その皇子から、現代につながる直宮家が分かれる。
近現代の宮家(直宮家)
天皇の近親から興った宮家
伏見宮系の旧十一宮家と異なり、近現代の宮家は天皇の子・弟から興っている。1947年の皇籍離脱でも、昭和天皇の弟にあたる三宮家は皇族に留まった。
大正天皇の皇子(昭和の弟宮) 秩父宮高松宮三笠宮
昭和天皇の皇子 常陸宮
三笠宮の系統から 高円宮
上皇の第二皇子 秋篠宮→ 悠仁親王
秩父宮・高松宮は後継がなく絶家。現存する宮家は秋篠宮・常陸宮・三笠宮・高円宮の四家である。
昭和天皇第124代1947年、現行皇室典範の制定。伏見宮系の十一宮家が皇籍を離脱した。
明仁上皇第125代・平成2019年、譲位特例法にもとづき約200年ぶりに譲位。
徳仁天皇第126代・今上2019年践祚。光格天皇から続く直系。
悠仁親王継承順位 第2位秋篠宮家。今上の弟・秋篠宮文仁親王(皇嗣)の長男で、次世代で皇位継承資格を持つただ一人の男系男子。
皇統の起点・今上 宮家から迎えた天皇 本流の天皇 世襲親王家(宮家) 男系男子のいる旧宮家
旧十一宮家の子孫に、男系の男子が約30名

上皇さまや皇室と従兄弟の関係にあたる世代を含め、男系男子が三十名近く存在するとされる。ただし、その血筋は本家からやや離れている。

現在の皇室と旧十一宮家は、男系をたどると貞成親王(約600年前)で一つにつながる遠縁である。戦後、昭和天皇の直系と、その弟にあたる秩父宮・高松宮・三笠宮を除き、十一の宮家が皇籍を離れた。背景には、GHQの方針だけでなく、宮家の数がそもそも多かったことがある。

〇四十代・八方の女帝

女性天皇

歴史上、八人の女性が、十代にわたり皇位に就いた。ただし、その全員が、父方を天皇に持つ「男系の女性天皇」である。母方のみで皇統につながる「女系」の天皇は、これまで一人もいない。

推古天皇第33代
皇極/斉明天皇第35・37代重祚
持統天皇第41代
元明天皇第43代
元正天皇第44代
孝謙/称徳天皇第46・48代重祚
明正天皇第109代
後桜町天皇第117代
女性天皇 女系天皇
女性天皇

性別が女性の天皇。父方が天皇につながる「男系」である限り、推古天皇以来の前例がある。

女系天皇

母方のみで皇統につながる天皇。父方は天皇の血を引かない。歴史上、一例も存在しない。

継承の議論で「女性天皇」と「女系天皇」はしばしば混同される。だが両者はまったく別の問題である。前者は性別の話であり、後者は血筋のたどり方そのものを変える話だからである。
〇五これからの議論

継承を、どう継ぐか

いま皇位継承資格を持つのは、秋篠宮文仁親王・悠仁親王・常陸宮正仁親王の三方のみ。次の世代で資格を持つのは、悠仁親王ただ一人である。継承を安定させる道は、大きく三つに分かれる。

男系男子を保つ 旧皇族の男系男子を皇室に迎える、あるいは血筋を遡って継承者を求める。実現には、養子を認めるなど皇室典範の改正を要する。 前例継体・後花園・光格
女性天皇を認める 性別を問わず皇位を継ぐ。推古から後桜町まで、すでに十代八方の前例がある。ただし、いずれも男系であった。 前例十代・八方
女系天皇を認める 母方のみで皇統につながる天皇を認める。日本の歴史にとって、初めての大きな転換となる。 前例なし