父方の血脈で受け継がれてきた皇位は、いま、その継ぎ方そのものを問われている。2600年の系譜と、これからの論点を、一枚にたどる。
誰が、どの順で皇位を継ぐのか。明治に整えられ、戦後に改められた皇室典範が、その骨格を定めている。皇位を継ぐのは「皇統に属する男系の男子」——この第一条が、すべての出発点である。
皇位は、つねに父方をたどる男系で継がれてきた。直系が絶えれば血筋を遡って傍系から迎え、女性が中継ぎとなることもあったが、いずれも男系を保ってきた。神武天皇から今上・徳仁天皇まで、その2600年の節目をたどる。
皇位の本流から枝分かれした世襲親王家(宮家)は、直系が絶えたときの「控え」となり、歴史上、二度にわたって天皇を本流へ送り返した。後花園天皇は伏見宮から、光格天皇は閑院宮から。さらに伏見宮からは邦家親王を経て旧十一宮家が派生し、近現代には天皇の近親から直宮家が興った。本流(縦の幹)と宮家(右の枝)の系統を、図にたどる。
上皇さまや皇室と従兄弟の関係にあたる世代を含め、男系男子が三十名近く存在するとされる。ただし、その血筋は本家からやや離れている。
現在の皇室と旧十一宮家は、男系をたどると貞成親王(約600年前)で一つにつながる遠縁である。戦後、昭和天皇の直系と、その弟にあたる秩父宮・高松宮・三笠宮を除き、十一の宮家が皇籍を離れた。背景には、GHQの方針だけでなく、宮家の数がそもそも多かったことがある。
歴史上、八人の女性が、十代にわたり皇位に就いた。ただし、その全員が、父方を天皇に持つ「男系の女性天皇」である。母方のみで皇統につながる「女系」の天皇は、これまで一人もいない。
性別が女性の天皇。父方が天皇につながる「男系」である限り、推古天皇以来の前例がある。
母方のみで皇統につながる天皇。父方は天皇の血を引かない。歴史上、一例も存在しない。
いま皇位継承資格を持つのは、秋篠宮文仁親王・悠仁親王・常陸宮正仁親王の三方のみ。次の世代で資格を持つのは、悠仁親王ただ一人である。継承を安定させる道は、大きく三つに分かれる。